【第1話】吃音とは無縁だったおしゃべり好きな男の子

私は、世間でいう”ゆとり世代”の1人として、東京都に生まれました。

ビジネス系のブログだと、ここで、「実家が信じられないくらい貧乏で…」、という話が多いのですが、我が家は幸いな事に、経済的には中の上位の家庭でした。家族も仲良く、両親も夫婦円満でしたので、幼少期は家庭内でストレスを抱えることはほとんどありませんでした。

また、吃音症の方のお話を聞いていると、物心ついて幼稚園くらいには既に吃音で悩んでいた方が多いのですが、私は記憶の限りでは、しゃべることに関して苦しんだ思い出がありません。家族内でも積極的に話す、おしゃべり好きな男の子だったと思います。
(後に両親に聞いて確認しましたが、幼少期に吃音の症状は一切出てなかったようです)

その後、小学校に進むと、私は更におしゃべり好きな男の子に成長します。当時自分がハマっていたJリーグの話を、サッカーなんて興味のない女の子に、一方的にマシンガントークすることが日課でした、笑。また、妖怪や超常現象にハマっていた時は、担任の先生に一生懸命その話をしてましたし、人前で話すのも大好きで、クラス会では司会をよくやってました。当時の私は、将来の夢は「マジカル頭脳パワー(90年代に日本テレビで放送されていたクイズ番組)で司会をすること」なんて言ってました、笑。

そんなわけで、小学校では吃音に苦しめられることも無く、教科書の朗読や、学芸会、卒業式などの学校行事においても、しゃべることについて悩まされることはありませんでした。

吃音症は通常、幼少期に発症することが一般的なので、疑問に思われたかもしれませんが、私のようなケースもあるようです。振り返れば、黒柳徹子さん並みに早口でしたし、繊細で周りの人の反応に敏感な、HSC(ハイリーセンシティブチルドレン)と思われる性格であったので、吃音症になりうる素質は表れていました。

HSC(ハイセンシティブチルドレン)とは、異常に敏感な特性を持った子供のことで、物音に異常に敏感で怯えたり、多くの人にとっては何でもないちょっとした刺激に対して、過剰に反応してしまいます。大人の場合、HSP(ハイリーセンシティブパーソン)と呼ばれ、吃音の方の10人に9人はHSPとも言われています。

次の話【第2話】環境の変化とともにやってきた地獄の始まり

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